31文字の宇宙へようこそ (ほむほむとわたし)
おやすみなさい。これはおやすみなさいからはじまる真夜中の手紙です
12月21日です。あいです。
謎解きクラスタによる謎以外の Advent Calendar 2017(https://adventar.org/calendars/2698)に参加させていただきます。
謎以外の趣味のおはなしということで。
ふだんわたしは大学に通っていて、がっこうでは芸術と文芸について勉強しています。
興味があるのは日本の小説と、現代短歌。今日は、「31文字の宇宙」というタイトルの通り、短歌について話したいと思います。
みなさんは、現代短歌についてどんなイメージを持っているでしょうか。
堅苦しそう?ふるくさい?俵万智?やっぱりサラダ記念日は鮮烈ですよね。
でもそんなひとにこそ、この無限の世界を体感してほしい!!
短歌に出会ったのは高校生のとき。
当時からもちろん本が大好きだったわたしは、本屋さんで衝撃の出会いをはたします。
『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』
表紙が最高……。
なんとなく勇気が出ずその場ではいちど購入を検討し、しかしどうしてもあきらめきれずにAmazonで注文して数日後、わたしの手元に一冊の文庫本が届いたのでした。
「まみ」というひとりのおんなのこが歌人の「穂村弘」に対して送った手紙の内容をまとめたものがこちらです、という内容の本。ページをひらくと歌集になっていることがわかり、文章は1ページに3行しか書かれていません。一部を抜粋します。
目覚めたら息まっしろでこれはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき
明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです
冒頭の2首です。
雪が降った朝かな、目が覚めて、すごく寒くて、でもどきどきしてしまって、頬と鼻の頭を赤くしながら「ほんかくてきよ、ほんかくてき」とパジャマのまま呟く少女が見えてきませんか。誰にも区別がつかないのです。いきものみたいな雪、白くて軽いちいさな虫、幻想的な冬の景色が窓の外にひろがります。
手紙を書いた「まみ」は妹の「ゆゆ」とペットのウサギを連れて上京してきたおんなのこ。たぶん十代。キラキラしていて、かわいくて、普通で、でもすこし(かなり?)エキセントリックで、自分のことを、まみ、と呼ぶ、どこまでも少女らしい少女。
ページをめくるごとにあらわれる短歌、「まみ」のことばたちにわたしは釘付けになりました。
ライヴっていうのは「ゆめじゃないよ」ってゆう夢をみる場所なんですね
もうずいぶんながいあいだ生きてるの、ばかにしないでくれます。ぷん
まみの子宮のなまえはスピカ。ひらがなはすぴか。すぴか。すぴか。すぴかよ。
早く速く生きてるうちに愛という言葉を使ってみたい、焦るわ
わかる……わかりすぎる。共感の嵐。
十代のおんなのこだったわたしがその頃を生きるのにひつようだった感覚がぜんぶ、ぜんぶことばになって、ここに詰まってる。ふつうに人生をみたら短い年月であるはずの十数年、でも思い返すとそんな十数年も生きてるのってすごい長いよなあ、とか考えたり。ばかにしないでくれます。ぷん!そのきもちわかるぞ~!
そうかと思ったら、
ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
IT’S ALMOST SHIMOKAWASAN SEASON(もうすぐ下川さんの季節です)
『ウは宇宙船のウ』から静かに顔あげて、まみ、はらぺこあおむしよ
いやわかんないよ……下川さんって誰……宇宙船……?これらはとっても支離滅裂なんだけど、それは不快な意味不明さではなくて、少女のまどろみのなかを覗き見しているようなきもちになるここちよい不思議さです、ほら、夢ってそういうものだったりするし。
こうして一冊を読み終えたわたしは簡単に「まみ」にとりつかれてしまいました。
まみー!うおー!すきだ!ともだちになりたい!こんなに魅力的な感性を持ったおんなのことともだちになりたい!まみー!
あとがきには、本文の内容とは逆に、「穂村弘」から「まみ」に宛てた手紙のようなものが書かれていて……と、ここで気付きます。
わたしが今までさんざん共感してときめいた、これらの短歌を書いているのって誰?この「穂村弘」ってひと、歌人でしょ?あれ?
おそるおそるネットで調べてみたら、やっぱり穂村弘の大ファン、手紙魔の「まみ」なんて少女は存在しませんでした。
「まみ」、妹がいてウサギを連れていてキャバクラ嬢でウエイトレスで雪を見て興奮して「愛」ということばに憧れてカップヌードルの海老にすらハローとあいさつをする「まみ」、だいすきな「ほむほむ」(穂村弘の愛称)に猟奇的な数の手紙を送りつけてにこにこしていたはずの「まみ」は、歌人「穂村弘」の妄想のなかの少女だったのです。穂村さんは、じぶんのなかに架空の「まみ」を憑依させて、こんなに少女めいた歌をよみつづけていたのです。
男性の作詞家で、おんなのこ視点のアイドルソングつくってる方とかいますけど、それとは違う狂気的なものを感じてわたしはぞっとしました。制約のある短歌というジャンルでここまで情景と物語を想像させるのもすごいけど、それ自体がほんとうにひとりの少女によって書かれた短歌であると錯覚してしまうくらいに「まみ」は完ぺきでした。なんで40歳ちかいおじさんなのに十代のおんなのこの子宮のこととか描写できるの。
詩というものはたいていが、作者=「わたし」の抱いた感傷や、「わたし」が見た風景をうたうものです。百人一首とかだって、「~とわたし(=作者)は感じた」という世界だけど、でも穂村弘がつくりあげたこの『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』は違った。作者≠「まみ」=「わたし」。これは歌集ですが、一冊の小説であるといってもよい。31文字のつながりが「まみ」という少女を一人称視点に据えた物語をつくりだしているのです。
なんかやばいものを読んでしまったぞ、というきもちでわたしは穂村弘について調べました。
穂村弘。北海道大学在学中に短歌をつくりはじめるも、システムエンジニアとして就職してしばらくしてから歌人デビューする。棒状のあまい菓子パンを手をつかわずにもぐもぐ食べることができる。末期的日本人。批評とか翻訳とか絵本のお仕事とかもしているみたい。1990年代の「ニューウェーブ短歌」運動を推進した現代短歌のすごい歌人さん。高橋源一郎に「俵万智が三百万部売れたのなら、この歌集(第一歌集『シンジケート』)は三億冊売れてもおかしくないのに」って言われたらしい。2015年Nコン高校の部の課題曲「メイプルシロップ」を作詞した。なるほど。
「手紙魔まみ」以外の彼の短歌も独特でした。
終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて
朝焼けが海からくるぞ歯で開けたコーラで洗えフロントガラス
くわえろといえばくわえるくわえたらもう彗星のたてがみのなか
許せない自分に気づく手に受けたリキッドソープのうすみどりみて
くわえたら彗星のたてがみ?コーラで洗え?
意味はよくわからなくても、こころの奥の方になにか少しでも景色や色が見えたら、あなたは穂村弘のつくりだした宇宙に取り込まれてしまっているのです。
人はこんなに途方に暮れてもよいものだろうかシャンパン色の熊
もはや5・7・5・7・7のリズムすらとっぱらって、31文字という短いことばのなかでイメージが自由に踊っている!短歌って音にあてはめないと成立できないから難しそうって思っていたのですが、その印象すら変わりました。
ことばはその性質上、意味を限定してしまうからこわいものです。たまに檻にもたとえられますが、「そのもの」をことばが完全に表現しきることは不可能。でも、だからこそ、不自由な制約の中でわたしたちは自由を掴みとろうとすることができる、それを教えてくれるのもことばなのだとわかりました。
高校のときは歌集を買いあさったりエッセイを読んだりトークショーを聞きに行ったりして、本気でわたしは将来えらくなってほむほむと結婚するんだって思っていましたが、ほむ、もう結婚してしまっています。無念すぎる。
でもそれくらい、わたしに無限の世界を教えてくれたほむほむこと穂村弘はわたしにとって大きな存在。彼がいなかったらわたしはいま短歌なんて作っていないし、そのほかのたくさんの素敵な歌に出会うこともなかったでしょう。(穂村弘以外の現代短歌では中澤系や山田航、吉田隼人、鳥居とかがすきです。ほかにもすきなひといっぱいいる)
ほむがまだ生きていて作品を発表し続けているということはわたしの勉強の活力です。ぜひあなたにも読んでほしいよ。
(自慢)
さいごに、そんなやばい歌人・穂村弘の本の中でおすすめのものをいくつか紹介して記事を終えたいと思います。ながながと書いたけど、ほんとうは創作物の良さって実際に読まないとわからないから、興味がわいて機会があったら是非、短歌に、そしてほむほむに触れてみてください。なんなら本貸すよ。
わたしの文章が、誰かにとっても新しい出会いにつながればうれしいです。
*歌集*
やばすぎるほむほむワールドへの入り口。もはや爆発。あなたの短歌観変えましょう。
- 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
- 『シンジケート』
- 『Linemarkers』
*詩集*
短歌読んでわかってたけどあらためて言語感覚の鋭さがすごい。見方によっては短歌よりもやばいかも?世界がねじ曲がります。
- 『求愛瞳孔反射』
*批評・短歌入門書*
この人あたまいいんだ……ってなる。難しいけど目からうろこぼろぼろ。
- 『短歌という爆弾』
*エッセイ*
ほむほむの良さは短歌だけじゃない!!エッセイが抜群に面白い!!自分こそダメ人間だぞって思う人には読んでほしいし、思わない人に読んでほしい。笑って、呆れて、心臓揺さぶられる。
*朗読*
エッセイ『世界音痴』がラジオで朗読されたやつ。尾美としのりさんの素敵な声と、ほむのことばが奇妙に混ざり合って絶妙です。この朗読は本当にすき。